「41歳からがんになって」 ~小澤明照さん

小澤明照さん(65歳)千葉県柏市在住

小澤さんは、現在甲状腺に良性の腫瘍があります。今は良性ですが、悪性に変わる可能性もあるとのことで、経過観察中です。更に左の乳腺にも異常が見つかっており、決して健康体ではありません。

 実は、小澤さんには何度もがんになり、手術をした経験があります。41歳のとき、右の乳房にパチンコ玉くらいのシコリがあることに気がつきました。当時、中学2年生だった娘さんが心配して学校の保健の先生に相談したところ、「乳首を絞って、もし血が出たら乳がんかも知れないよ。」と教えてくれました。娘さんから話を聞き、早速試してみた結果、乳首から血が出たのです。

 病院へ行き、医師から下された診断はやはり、乳がんでした。当初は年齢の事も考慮し、乳房を温存する予定で手術、病理検査をしましたが、結局腫瘍を取りきれず、翌週には右乳房を全て摘出することになりました。
 43歳には子宮にがんが見つかりました。乳がんの時、ホルモン系のがんなので子宮、卵巣への転移の可能性を医師に聞かされていました。幸い卵巣への転移は確認できず、子宮のみ全摘出となりました。

 46歳のときには、咳が止まらず受診、検査をしてみると肺に影があるとのことでした。肺がんもしくは結核かもということで1週間後に精密検査をすることになりました。当時、比叡山延暦寺で修行をしていた娘さんが心配して 御加持おかじ (注)をしてくれました。(小澤さんの娘さんは御縁あって16歳の時、天台宗総本山比叡山延暦寺にて出家しています。)御加持を受けて1週間後の精密検査の結果、肺にあったはずの影は消えていたのです。「おかしいなぁ。確かに1週間前にはここに影があったのになぁ。」と画像を指さしながら担当医は不思議そうな顔をされていました。

 「娘には不思議なものがあるようで、比叡山におられる現在の娘のお師匠様からお誘いをうけ出家したのです。このことは誰にもお話ししていませんが、私は僧侶である娘を通して仏様が治してくれたのだと信じています」。

 それから8年経ったころ、胃が異常に痛く、ひどく痩せてきました。病院に行くと、スキルス胃がんと診断され、がん告知後1ヶ月以内に手術出来なければ助かる見込みはないと言われました。何とか期限内に手術をし、胃と脾臓を全摘出しました。術後、抗がん剤は2~3回試しましたが副作用で体中に発疹ができ、あまりのだるさに耐えられず断念。医師からは抗がん剤の効果は五分五分、自分で選んでよいとのことだったので抗がん剤治療はやめました。

 スキルス胃がんは、胃がんの中でも再発率が高く、5年生存率は15~20%といわれ、主治医が担当した中で1番長く生きた人は4年半だったということを告げられました。退院の時、主治医から食べ物や生活上の注意などは全くなく「好きなものを食べ、好きなことをしたらいいからね。」と言われました。

無理を重ねた日々

 胃がんの手術から10年。小澤さんは普通に生活しています。特に食事療法をするでもなく、サプリメントを摂っているわけでもありません。

 「サプリメントはいいと勧めてくれる人もたくさんいて、初めは試してみましたが、経済的に続けるのは無理でした。こうして生きているのだから、貧乏はがんに勝つのよ!と開き直っています。」と笑う小澤さんです。

 41歳の時、乳がんが見つかったのは、小澤さんが離婚した翌年でした。小澤さんは娘さんと2人暮らし、喫茶店を営んでいました。母子家庭で生きるため一生懸命働いていました。乳がんが見つかった時、娘さんはあまりのショックに 憔悴しょうすいしきって、車いすが必要になってしまいました。そのため、修学旅行も行けなかったそうです。

 がんの治療には、検査・手術・入院・薬など、そのたびに多額の費用がかかります。
入院中も経済的な不安から落ち着かなかったといいます。
退院しても早々にお店を開けて、朝から晩まで働きました。そんな中、小澤さんの実母さんが脳梗塞で倒れ介護、おまけにお姉さん夫妻の不幸から甥達の世話もあり、休む時間が全くありませんでした。

 「体も心もハードに使い、無理を重ねる毎日ががんを発病させたのだと思います。でも、そうするしかなかったので・・・。」と小澤さんは振り返ります。

 入退院を繰り返し、仕事と介護、甥達の世話と忙しい毎日。そんな中でも「今しかできないことをやりたい!今やらないと後悔する!!」という気持ちがわいてきました。そして、中型・大型バイクの免許を取得し、娘さんとツーリングに出かけたり、スキーを楽しんだりしたそうです。

 「病歴を聞くと強い人に見えるかも知れないけど、私はすごく落ち込む性格なので、恐怖と不安で震えることもありました。何で私だけが!!という気持ちが強くて本当に暗かった。でも、親身になって下さる医師に出会ったこともあり、だんだんと、なるようになる、と思えるようになって・・。がんになった自分は確かに苦しいし、辛いけれど、いつも傍にいる家族は、その苦しみを想像するしかできなくて、もっと辛く苦しい思いをしているものです。だから、悪い言い方をすれば、がんに酔わないでほしい。普通の生活を心がけてほしいと思います。暗い気持ちで過ごしても、楽しく過ごしても1日は1日。時間は止まりません」。

がんで苦しむ方のサポートをしたい

 小澤さんは現在、住職となった娘さんのお寺で暮らしています。
娘さんが住職を務めるお寺には、病気平癒の祈願に訪れる方も多く、その中、人づてに聞いて御加持を受けに来られる方もいらっしゃるそうです。

 小澤さん自身はお寺の行事の際、食事を作ったり、行事を手伝ったりしています。
「喫茶店を経営していましたからね。こういうことは得意ですから。」と元気な声。

 ただ、体は正直なもの。穏やかな日々の中でも、気温の変化が激しい時期は特に体が辛く、寝込んでしまいます。病院から処方される栄養剤や消化剤、整腸剤も欠かせません。骨ももろく、骨折しやすいそうです。

 「私の体はパッチワークみたい。温泉も行けない。だけど、こんな体験をしているからこそ、自分のことを話すことで、同じようながんの人達に勇気や希望を持ってもらえるのではないかと思うのです」。

 お寺の一室を借りて、がんと闘う人達が気楽に話せる会のようなものを開くのが、今の目標だそうです。また、知人の企業家の方から「がんで仕事になかなか就けない、続けられない人のために働く場を作ってはどうか考えているのですが・・・。」と協力を求められ、そちらも実現したいと考えています。

(注)御加持(おかじ )・・・神仏の御加護を得て行者を通じ、願意成就を祈ること。災いを祓うこと。