手術法には大きく分けて経鼻的手術と開頭手術の 2 通りがあります。どちらを選択するかには、腫瘍の進展方向や大きさ、術者の慣れや好み等いろいろな条件があります。普通、脳下垂体腺腫との診断がついた場合は、大半の例で経鼻的手術を第 1 選択としています。
どのような小さな手術でも、全身麻酔をかけてこれを行なう以上、 100% 絶対安全というものはありません。しかし、この経鼻的下垂体手術は経験の豊かな医師が行った場合、あらゆる脳外科の手術のなかでも特に安全な部類に属するものであると思われます。
一般に、経鼻的手術には約 2 時間、開頭手術には約 5 時間を要します。しかし、手術前の準備および手術後の麻酔からの覚醒等を含めると、手術室入室から退室までには経鼻的手術でも 4 時間ぐらいかかるのが普通です。
以下におのおのの手術のあらましを説明しましょう。
( A )経鼻的下垂体手術
正確には、経蝶形骨下垂体手術といいます。
まず、上の前歯の付け根の口腔粘膜を横に 2cm 程度切開し、鼻腔の裏側に相当する部分に入ります。鼻の粘膜を左右に圧排し、特殊な鼻鏡を挿入します。
ここで、手術用の顕微鏡をセットし、蝶型骨洞という副鼻腔 ( 鼻の奥の骨に囲まれた空間 ) を開きます。その粘膜や隔壁を除くと、脳下垂体の直下に到達できます。そこで薄い骨の壁を開くと、脳下垂体 ( および腫瘍 ) が硬膜という比較的しっかりした膜に包まれてでてきます。
この硬膜を切開し、腫瘍を摘除します。この際正常の下垂体組織は腫瘍の周辺に圧排されて残存しており、これと区別しながら腫瘍を選択的に摘出することが可能です。
腫瘍を十分摘除したら、空虚となったスペースに筋肉片や脂肪片をパックします。これらは通常右の大腿部から採取します。その後、脳下垂体の底部を小さなセラミック片でふさぎ、手術用の接着剤で固定します。
鼻鏡を外して口腔粘膜を縫合し、鼻腔内を抗生物質付ガーゼで十分パックします。口の中を縫合した糸は抜糸せず、自然に脱落するのを待ちます。これには約 1 か月かかります。
この手術法の長所としては、
1. 右大腿部の小さな創は別として、首から上に手術創が残らないこと、
2. 腫瘍と正常組織が区別でき、腫瘍のみの選択的摘出ができること、
3. 開頭手術に比べ、脳や全身に対する負担が少なく、高齢者や状態の不良な入でも手術が可能であること、
4. 剃髪が不要であるため社会復帰が早いこと等が挙げられます。
一方、この手術法の欠点ないし限界は、
1. 腺腫の摘出中、髄液 ( 脳表面を循環している水 ) が手術野に流出してくることがあります。それ自体は特に問題ではないのですが、これは頭の中と鼻 ( つまり外界 ) とが交通したことを意味し、血液や鼻の細菌が頭の中へ入りうることも考えられます。
そのため、先に述べたような腺腫摘出腔のパックや固定を行なうのですが、それでも不十分な場合がまれにあります。手術後に鼻から髄液のもれ ( これを髄液鼻漏といいます ) が続いた場合は、再度手術を行なってパックをしなおさねばなりません。この合併症の頻度は 1% 弱です。
2. 特別に硬い腫瘍や、特異な発育形態をとる腫瘍の場合は、この手術法では十分な腫瘍の摘出ができないことがあります。その理由の一つは、この手術法の術野が深くかつ狭いためです。こういう場合は、後日、 2 度目の経鼻手術もしくは開頭手術を追加しなければなりません。
といったところでしょう。
( B )経鼻的内視鏡下手術
最近数年来の傾向として、この経鼻的下垂体手術を内視鏡下に行なう手技が普及・安定してきました。
左右どちらかの鼻孔から内視鏡を蝶型骨洞 ( 前出 ) 直前まで挿入し、ここに小さく粘膜切開と骨窓を作り、内視鏡を蝶型骨洞内に進めこれを固定します。以後の手技は基本的に顕微鏡の手術と同様ですが、内視鏡手術では手術野が広く明るい上、顕微鏡手術の死角の部分も十分観察できます。しかし、これはあくまでモニターの画面で見えているだけで、本来到達しにくい場所の腫瘍を摘出するにはかなりの熟練と特殊な手術道具が必要です。
内視鏡手術も全国的に普及してきており、安全かつ確実な手術方法になってきています。
(C)開頭手術
多くの場合は、右前頭側頭開頭術を行います。
まず、額の髪の生え際に沿って右前頭側頭部に皮膚切開を行ない、皮膚を翻転します。額の骨 (前頭骨)を露出し、これに小開頭を加え、さらに脳を覆っている硬膜を切開します。
以上の操作で右の前頭葉と側頭葉と呼ばれる脳がみられ、この両者のすき間から手術用の顕微鏡を用いて下垂体部に到着し、腫瘍の摘出をします。この場合、腫瘍の近傍には視神経や内頸動脈が直接みられます。
腫瘍の摘出が終われば、硬膜を細かく縫合して、骨弁を元に戻して頭皮を縫合します。この際、骨と硬膜の間にドレーンという管を留置し、血液の貯留を防ぎます。このドレーンは、手術後 2〜3日以内に抜去します。
この手術法の長所としては、
1.経鼻的手術に比べ術野が広く硬い腫瘍や頭蓋内に大きく広がった腫蕩にも用いることができること、
2.頭蓋内に何らかの合併病変がみられる場合に、同時に処理することも可能であること、等が挙げられます。
一方、この手術法の欠点としては、先に経鼻的手術の長所として述べた面の裏返しとともに、下垂体内に限局する小さな腺腫は手術できないこと、手術後にまれにけいれん発作をきたす可能性があること等が挙げられます。 |